大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和39年(行ツ)20号 判決

上告人

伊藤恕介

代理人

小泉英一

草光義質

被上告人

島根県知事

田部長右衛門

代理人

片山義雄

原良男

指定代理人

上田博

外三名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小泉英一の上告理由第一点、第三点、同草光義質の上告理由第一点について。

所論は、要するに、本件許可処分にあたり被上告人知事のした温泉審議会の意見聴取におけるかしは右処分の無効原因には当らない、とした原判決の判断は、温泉法八条、一九条、二〇条等および島根県温泉審議会条例の規定に違反している、という。

原判決の確定したところによれば、本件許可処分にあたり、温泉審議会は開かれず、知事による温泉審議会の意見聴取は持廻り決議の方法によりされたものであるというのであり、また、温泉法一九条、島根県温泉審議会条例(昭和二五年同県条例第三一号)六条等の規定に徴すれば、右審議会の意見は適法有効なものということはできず、右処分後に開かれた審議会の意見によつても、右のかしが補正されないことは、原判決の判示判断のとおりである。

ところで、温泉法二〇条によれば、知事が同法八条一項等所定の規定による処分をしようとするときは温泉審議会の意見を聞かなければならないこととされていることは、所論のとおりであるが、同法一九条は、都道府県知事の諮問に応じ、温泉およびこれに関する行政に関し調査、審議させるため、都道府県に温泉審議会を置く、右審議会の組織、所掌事務、委員その他の職員については都道府県の条例で定める旨規定しており、その他、同法の目的を定める一条、許可、不許可の基準を定める四条等の規定に徴すれば、前記二〇条が知事に対し温泉審議会の意見を聞かなければならないこととしたのは、知事の処分の内容を適正ならしめるためであり、利害関係人の利益の保護を直接の目的としたものではなく、また、知事は右の意見に拘束されるものではないと解せられる。そして、これらの諸点を併せ考えれば、本件許可処分にあたり、知事のした温泉審議会の意見聴取は前記のようなものではあるが、そのかしは、取消の原因としてはともかく、本件許可処分を無効ならしめるものということはできない。これと同旨の原判決の結論は相当である。

所論は、ひつきよう、以上と異る見解を前提として原判決を攻撃するものであり、所論はすべて理由がなく、採用することができない。

前示小泉英一の上告理由第二点について。

所論は、原判決には、条理、慣習法に違反した結果、温泉法三条、二〇条の違反がある、という。

しかし、所論は上告人が原審において主張していない事項であるのみならず、原判決には、後記のように、温泉法四条に定める公益の解釈を誤つた違法はないし、同法には本件許可処分にあたり所論のような手続を経べき旨の規定もなく、また、前記のように、温泉審議会の意見聴取におけるかしは本件許可処分を無効ならしめるものでもない。

所論は、ひつきよう、原審でしなかつた新たな主張であるか、または、独断の事実もしくは独自の見解を前提として原判決の違法をいうものにすぎない。

所論はすべて理由がなく、採用することができない。

同第四点について。

所論は、原審が、本件審議会の意見は適法有効なものでなく、そのかしは事後に補正されるものでもないとしながら、右かしは本件許可処分を無効ならしめないとした判断には、理由そご、理由不備の違法がある、というが、所論が理由のないことは前記上告理由第一点に対する説示から明らかである。

所論は、ひつきよう、右と異なつた見解に立脚するものというべく、採用することができない。

同第五点について。

所論は、原判決には温泉法四条の違反がある、という。

温泉法四条にいう「公益を害する虞があると認めるとき」とは、温泉源を保護しその利用の適正化を図るという公益的見地から特に必要があると認められる場合を指すのであり、したがつて、同条は、温泉の掘さくが少しでも既存の温泉井に影響を及ぼすかぎり、絶対にこれを許可してはならないとの趣旨を定めたものではない(最高裁判所昭和三二年(オ)第一二八号、同三三年七月一日第三小法廷判決、民集一二巻一一号一六一二頁参照)。そして、所論の点に関して原審が適法に確定した事実に徴すれば、被上告人知事が本件動力装置を拒むべきでないとした判断は、温泉法四条、八条において知事に許された裁量権の限界をこえ、本件許可処分を無効ならしめるものではない、とした原判決の判示は首肯することができる。

所論は、原判決の誤解もしくは原審の認めない事実を前提とするか、または、裁量権の限界に関し独自の見解を主張するものというべく、所論はすべて理由がなく、採用することができない。

同第六点について。

所論は、本件許可処分により上告人元湯のゆう出量が減少するにかかわらず、原判決に、その補償を問題とすることなく、知事の専断的処分を認めたのは、憲法二九条に違反する、という。

原判決は、本件動力装置が上告人の元湯のゆう出量を多少減少させるものであることを認めていることは所論のとおりであるが、それにもかかわらず、本件許可処分は被上告人知事にまかされた裁量権の限界をこえる違法なものではないから、無効とはいえない旨判断しているのである。温泉法が温泉の掘さくやゆう出量増加のための動力の装置を、土地所有者らの自由にまかせず、知事の許可にかからせたのは、温泉源を保護しその利用の適正化を図るという公益的見地から出たものであり、また、同法四条の規定の趣旨は、前記説示のとおり、右公益的見地から掘さく等が差支えないと認められるかぎり、多少既存の温泉井に影響を及ぼす場合でも許可しなければならないというにあると解せられる(前記昭和三三年七月一日第三小法廷判決および最高判所昭和三二年(オ)第一二九号、同三三年七月一日第三小法廷判決、民集一二巻一一号一六四〇頁参照)。そして、財産権に対するこのような制約は、公共の福祉のために受忍しなければならないというべきであり、したがつて、同法八条、四条により許された裁量権に基づき許可する場合には、損失の補償をしないからといつて、所論憲法の条規に違反するものではない(最高裁判所昭和三六年(あ)第二六二三号、同三八年六月二六日大法廷判決、刑集一七巻五号五二一頁等参照)。

所論は、ひつきよう、右と異なる見解に立脚するものというべく、所論は理由がなく、採用することができない。

同第七点について。

所論は、原判決には憲法一四条の違反がある、という。

温泉法八条二項、四条によれば、知事は温泉のゆう出量等に影響を及ぼし、その他公益を害する虞があると認めるときのほかは、動力の装置を許可しなければならないのであり、その場合の公益の解釈は前記説示のとおりであつて、原判決は、この点において、元湯と震湯との間に所論のような差別をしたものではない。

所論は、原判決を正解しないか、右四条に関する独自の見解をいうものにすぎず、違憲の主張はその前提を欠くに帰し、採用することはできない。

前示小泉英一の上告理由第八点、前示草光義質の上告理由第八点、第九点について。

所論は、要するに、原判決には、本件処分の取消の訴に対する判断において行政事件訴訟特例法一条、憲法八一条の違反がある、という。

原判決が所論の各訴をいずれも不適法なものとして却下すべきであるとした判断は、原審が適法に確定した事実または上告人の原審における主張自体に徴し、正当として首肯することができ、その間に所論の違法は認められない。また、所論違憲の主張は、前記二個の訴を混同し、結局、判示にそわない事項を前提とするものにすぎない。

所論はすべて理由がなく、採用することができない。

前示草光義質の上告理由第二点について。

所論は、原判決の理由の四の判断には温泉法四条、行政事件訴訟特例法一条等の違反、理由不備等の違法、憲法八一条の違反がある、という。

本件記録に徴すれば、上告人は原審において、本件許可処分の無効原因として温泉法四条の違反をも主張しているのであり、また、原判決は、本件処分の取消の訴および温泉法六条による取消処分を求める訴については、本件処分に取消事由があるかどうか、または、右取消処分をすべき場合かどうかを判断するまでもなく、不適法な訴として却下すべきである旨判示しているのである。

所論は、原判示を正解せず、または独自の見解を前提とするものであり、違憲の主張はその前提を欠くに帰するというべきである。所論はすべて理由がなく、採用することができない。

同第三点について。

所論は、原判決には証拠判断ないし採証の法則を誤り、または審理不尽等の違法があるというが、所論の攻撃する原判決の理由の四の判示は温泉法六条による取消処分に関してされたものでないことは、すでに前記説示のとおりである。所論は、結局、原判示にそわない事項を前提として、原判決に所論の違法があると主張するものにすぎず、採用することができない。

同第四点ないし第七点について。

所論は、原判決には証拠判断ないし採証の法則を誤り、また審理不尽等の違法がある、という。

原判決が理由の四において判示する事実の認定は、挙示の証拠に照らせば肯認することができ、また、証拠の取捨判断も首肯することができ、右事実に徴すれば、本件許可処分は温泉法四条、八条に違反し無効とすることはできないとした原判決の判断は是認することができる。

所論はすべて理由がなく、採用することができない。

なお、上告代理人小泉英一の昭和四〇年八月二三日受付上告補充書および同四三年一一月一五日受付上告理由書補正書は、上告理由書の提出期間経過後の提出にかかるものであるから、その所論に対しては判断を加えない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官草鹿浅之介は退官につき評議に関与しない。(石田和外 城戸芳彦 色川幸太郎)

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